■里地里山とは
里地里山とは、単に「人里」「耕地」「人里近くにある山」を称することばではなく、人もまたそこでの再生産に関わることでその自然環境や生態系が形成・維持されてきた自然を指すことばです。
自然環境という場合、原生林等の原生自然と里地里山のように人+自然のかかわりとともに形成・維持される二次自然とがあります。日本では、稲作文化が古くから発達してきた結果、身近に目にしたりかつて親しんだ身近な自然の多くはこの二次自然に相当します。
■里地里山の環境と人のかかわり
人の手とともにある里地里山
人の手の加わらない原生的な自然環境は、時間の経過に伴い、そこの環境に適応する限られた潜在植生だけが一様に優占する極相林へ自然遷移しようとします。その結果、植相のみならず、そこに生息する動物の多様性も限定的なものとなっていきます。
これに対し、二次自然では、人のくらしに伴う人の手(人的攪乱)が加わることが結果的に生物の多様性を高めるはたらきをしてきました。そのしくみはとても複雑ですが、同時に、とても巧妙でバラエティゆたかです。
さまざまな人的攪乱
里地里山では、かつて、落ち葉掻き・下草刈り・柴や薪炭材の間伐・間伐跡への植林・耕起・代掻き・山菜採り・キジ撃ち・シシ狩り・シカ猟といったことが行われていたました。こうした人による攪乱は、自然遷移により潜在植生化・極相林化・陸域化・過密化しようとする山地・耕地環境に開放域・湿潤域・生息密度の間引きを生じさせ、自然遷移の進行を遅らせたり遡るようなはたらきをします。
また、人的攪乱の生じ方には、耕地のように毎年同じ箇所・範囲に同種・同程度というところもあれば、里山のように箇所・範囲(規模)・頻度・種類・程度が毎年同じとは限らないところもあります。特に里山では、人のさまざまな目的や必要性に応じた選択の結果、全く攪乱の及ばない部分もあれば、攪乱の程度や攪乱の間隔にも相違が生じます。
人的攪乱は、このように、一様に連続する環境ではなく、時間的・空間的・生息密度的に周囲とは異なる環境(ギャップ)を創り出します。
やがて生物・自然のいとなみが
すると、こうしたギャップを好む生物の集中・定着が生じます。木本間伐後の明るい林床には生長の早い草本が生育し、草本やそこに集まる動物を食べたり草本で営巣・繁殖する動物が生息するようになります。植林した木本が生育すると草本はやがてなくなり、それにあわせ木本を食べたり営巣する動物が生息するようになります。水田のような浅い水域では陸域やため池とは異なる水生生物の生息・繁殖が見られるようになり、植物の繁茂や生物の堆積によりやがて陸域化していきます。
この過程では、それぞれの変化に応じた生物が新たな生息環境を得、それぞれに新たに環境・生態系が生まれ、多様性が形成されていきます。そして、こうした自然のいとなみそれ自体が再生産を行いながら徐々にギャップを攪乱前の環境へと再生していくのです。
一方、こうしたギャップを好まない生物もいますが、攪乱の生じていない・攪乱規模の小さい箇所・攪乱が生じてから歳月が経過しているといった箇所が残されていることは、こうした生物にとって避難場所・生息環境が確保されていることにもなっているのです。
里地里山の機能
里地里山環境という二次自然では、その一部で攪乱と再生のサイクルが古くから絶えず継続して繰り返されてきた結果、多様な環境・生態系の多様性が形成・維持されてきました。それとともに、人もまたその多様な自然のいとなみに伴う再生産からくらしに必要なさまざまな恩恵を得てきました。こうして、人のくらしと自然のいとなみとの持続的な関係性が構築・維持されてきました。これは「里地里山の機能」と呼ばれています。人のかかわりがなければ、かかわり方の程度や継続性がなければ、また、そこに生物が生息するという自然のいとなみがなければ、里地里山の機能は創出されることも作用することもなかったのです。
自然とのつきあい方
とはいえ、人は自然をまもることを特別に意図していたわけではありません。人は、単なる収奪=再生産される草本・木本・食材等を得るということを目的としていたに過ぎません。ただ、あえて云うならば、将来の資源確保の観点から過剰な・必要以上の収奪は行わない、という自然とのつきあい方を心得ていたと云えるのでしょう。こうした考え方は自然を畏れ敬う畏怖の念という欧米にはない日本(或はモンゴロイド)特有の自然信仰につながる(神事や伝承に自然にまつわるものが多いのはこの影響かも知れません)のですが、これが結果として里地里山環境の形成・維持・保全・管理することとなっていたのです。
里地里山・・・日本の原風景の衰退
ところが、この二次自然の多くは、さまざまな要因により現代では減少・衰退・荒廃が進行し、日本の原風景・日本のこころと呼べるとものも急速に失われつつあります。
大きな要因の1つは長らく高度経済成長に伴う開発でした。しかしそれを過ぎた現在もなお衰退を続ける要因には、休耕・耕作放棄、そして、自然資源の過剰利用が挙げられます。特に後者には観光・レジャー・環境教育が含まれます。
ガラパゴスでは、観光客・人口共にその激増ぶりに、自然環境から社会経済・国民生活等に及ぶさまざまな警告が発せられています。一方日本では、これをはるかにしのぐ状況にあっても、過剰利用が懸念されることよりも、施設・交通アクセスといったアメニティ(快適性)の向上やそれらを通じた周辺域への観光客誘導・オフシーズンの観光誘致といったことがより重要な政策課題として挙げられています。日本人が心得ていたはずの自然とのつきあい方はもはやまるで過去の遺物のようです(参考数値)。「見るだけ・少し触れるだけ」でもそれが繰り返されれば環境負荷としては実は小さくありません。
■里地里山再生のためのNature Expedition
自然環境系シンクタンクである弊社は、自然環境を保全・再生することなく利活用するだけというスタイルが、やがては利活用(経済)を支えてきた自然資源そのものの衰退・枯渇を招いてしまうことを危惧し、また、持続的な利活用のためにも利活用以前に保全・再生、即ち、自然環境の有す再生能力・再生産性を担保する必要性を重視しています。
これらを踏まえ、里地里山再生プロジェクトでは、休耕地・耕作放棄をメインターゲットに、二次自然や生態系を再生する実践フィールドとしてお借りすることでポテンシャルハビタットの確保を進めています。休耕・耕作放棄は、本来、自然環境の保全という側面以外に農業政策・過疎対策・後継者育成等の側面も含む社会的課題として対処することが必要ですが、休耕・耕作放棄の進行、即ち、生息域・ジーンソースの消失の速度を考えると、そうした解決を待っている時間的猶予はなさそうです。
次いで、このフィールドにおいてハビタットとしての再生を図りながら、この再生プロセスを通じて、見るだけ・触れるだけ・利活用するだけのスタイルから一歩進んで、能動的・積極的な保全・再生アクションへの転換を進めています。
保全・再生アクションには、弊社内のクローズドプロジェクトの他に、自然再生学校を開催し生息地保全の知見トランスファーを図る、大学・研究機関等へ実証実験フィールドをお貸しする、一般・民間セクタ等へ実践フィールド+カリキュラムを提供するNature Expeditionをご用意しています。自然再生学校は各地での開催の都度受講生を募集しています。実践フィールドの提供については、再生サイト提供にてフィールド・応募要件等をご案内しています。